『ふしぎな石 じしゃく』授業書について
 
                             西村寿雄
 
 『ふしぎな石 じしゃく』の授業書は、数年間の討議を得て2000年7月に授業
書として完成をみました。今は仮説社で販売されています(700円)。
 その後、何人もの方が授業されていて、特に低学年授業書として定番となり
つつあります。今までの授業記録を見る限り、どの記録からも子どもたちがた
いへん歓迎してくれていることがわかり、ひとまずは授業書としてうまくいって
いるものと見ています。
 もちろん、「このようにしてはどうか」とか「この表現は誤解を生むのではな
いか」とかの貴重な意見もいただいています。次回の印刷の前まで、こうし
て寄せられた意見や、研究会での記録、選択肢の予想数、子どもたちの感
想などをまとめておいて検討の資料にしたいと思います。
 ここに、今までに寄せられた研究会での意見、個人的に寄せられた意見な
どを紹介します。
                                
◆研究会等での意見   
授業書「ふしぎな石 じしゃく」について,いくつかの質問や問題点が寄せら
れています。次の改訂時には生かしたいと思いますが、ここで、それらのご意
見に対するわたしの意見を書いておきます。
 
1.「きんぞく」と「かなもの」について
 授業書では、この言葉は場所によって違う使い方をしています。でも、基
本は「きんぞく」です。この授業書の改訂時に一番問題になったのは、この言
葉です。もともと、この授業書は子どもたちのごく身近な問題を取り上げている
ので「生活の言葉である〈かなもの〉でいいのでは」と考えたりしていました。
しかし、「今の子どもたちはむしろ「きんぞく」という言葉の方に慣れ親しんでい
る」ということと、きちんと科学の言葉で教えた方がいい」という意見があった
りして、「きんぞく」という言葉を基本としました。
この言葉については、最初は板倉聖宣先生も「これくらいの授業書で〈きん
ぞく〉という科学の言葉は使うべきでない」というお考えでしたが、最終的には
「そんなに堅苦しく考えることもない」ということで〈きんぞく〉になりました。
そこで、授業書のタイトル部分や要所要所では〈きんぞく〉という言葉を使っ
ています。しかし、3ページの前半文中と10ページの文中では〈かなもの〉を使
っています。なんとなく生活の臭いのするところでは〈かなもの〉としていますが、
はっきり科学の言葉として使用すべき所は〈きんぞく〉としています。「100円だ
まは 白銅という きんぞくで できています。」等です。
すべて〈きんぞく〉に統一した方がいいかもしれません。ご検討ください。
 
2.100円硬貨から進めていることについて
今までの授業書案のでは 1円→10円→50円→100円と値段の低い方
から磁石にくっつける実験をしていました。この授業書が20年も前はまだアル
ミニュウムという金属も珍しかったし、電流とごっちゃになってなかなかこの一円
玉の問題も意表をつくものでした。
 しかし、アルミ缶もたくさん出回るようになった今、アルミそのものは子どもたち
にとってごく当たり前の金属になり、ここ数年の授業記録では、アルミが磁石に
はつかないことをかなりの子どもたちには知られているようになっていました。
 そこで、仮説実験授業の授業書作りの原則である、「まず、少し抵抗のある問
題を出す」ということで、100円硬貨から始めることにしました。ここにあげた授
業記録を見ているかぎり、ある一定の抵抗が子どもたちにあるのではと思って
います。今後も、子どもたちの反応を見ていきたいものです。
 
3. 昔の50円硬貨の取り扱いについて
旧50円硬貨は、この授業書案のできた当時と比べて、もうほとんど子ども
たちの目に触れません。そこで、この授業書では旧50円硬貨は問題からは省
いています。しかし、日本のコインにも磁石にくっつくものがあったということは興
味深いことですので、お話の中に入れてあります。
 しかし、〈問題〉にした方がいいという考えも聞きます。同じく、6ページの新500円
硬貨も、9ページのせんたくばさみも〈けんきゅうもんだい〉ではなく〈問題〉にして
はという意見もありました。
 
4.「現象をのみ追う授業書ではないか」について
この授業書が「現象をのみ追う授業書で仮説実験授業の授業書と言えないの
ではないか」という意見もありました。
確かに最初は、一つ一つのコインに磁石がくっつくか聞いていくだけで、子ど
もたちは原則的に何を学んでいるのかわかりにくい面もあります。しかし、この授
業書の第2部で砂鉄から石(岩石)に展開されていく所から、もう実体論の段階に
入っているとわたしは考えます。砂鉄というミクロの目てグローバルな地球の岩石
を見たときに、子どもたちは岩石の中身に思いをはせるでしょう。やがて、その視
点が、岩石磁気や地磁気、さまざまな造岩鉱物に目が向くと思います。
さらに、「砂鉄は石がくずれて出てきた」という新たな知識と「石なんかじしゃくに
くっつくはずがない」という常識との対決は、「科学」を学ぶ第1歩ではないでしょうか。
また、たとえ現象を追っている授業書であっても、板倉聖宣先生の絵本の解説
にあるように「子どもたちが空想の世界に夢を広げる」授業書であれば、そして、子
どもたちが「楽しい」と感じる授業書であれば、仮説実験授業の授業書として十分
であると思います。
 
5.「18-8ステンレス」部分の表現について 
 「《ふしぎな石 じしゃく》のステンレスの説明で「あれれ?」と思ったわけです。 ふつう
のステンレスは〈鉄87%,クロム13%〉だから,確かに,18%
 のクロムが入っている方が多いと言えますが,「もともとくっつかないものがた くさん入
っているために,くっつかなくなるんだよ,という説明はまずい」
 と思うのです。ホイスラー合金なんて,もともとくっつかないものばかり(銅7 1%,マン
ガン20%,アルミニウム9%)の合金なのだし,アルニコ磁石なん て,もともとくっつか
ないアルミニウムを入れることによって,磁性を強めてい ます。
  18−8ステンレス(100円ショップで買えるのだから,「上等」もまずい と思います。)
がくっつかなくなるのは,「クロムがたくさんはいった」せいとい うよりも,ニッケルも入って,
「まったく性質が変わったものができる」
 ということの方が,いいと思うのです。《磁石》や《程度のもんだい》では,
 けっして「クロムがたくさんはいったせい」とはなっていません。
  たしか,ニッケルが入ることによって,結晶構造もかわってしまうはずです。 「結晶構
造も変わるぐらい大きな変化をしているのだから,磁性に関しても大き な変化を起こして
もおかしくない」というような理解をしています。まさか,〈ふ しぎな石 じしゃく〉で,ここまで
説明すべきだとは言いません。「クロムがたく さんはいったせい」と思わせるような説明は
やめた方がいいということを言いた いだけです。
  あと,《程度のもんだい》ファンとしては,せんたくばさみは,アルミ製が
 あって,プラスチック製もいきてくると思うのですが,(両方のせる必要はない から,両
方なしでもいいように思います。)どうでしょうか。   
                        (宝塚の浜野純一さん)
 西村の考え
「 合金の性質は、含まれている金属の量にそのまま比例するものでもなく、含まれる金
属と金属によって性質が変わります。磁性の極端に少ないステンレスもクロムとニッケル
と鉄が互いに関係していることは確かです。しかしまた、この Cr-Niが 18-8 前後のもの
が磁性をうんと少なくしているのも確かです。開発当初は、Cr,Niともうんと少ない量だっ
たのでなかなかここまでいかなかったようです。
(『ステンレスの話』大山正・森田茂・吉武進也共著・日本企画協会)
 そこで、この授業書での表現をどうするかです。「たくさん」というのを「ふ
つうのスプーンよりクロムとニッケルがたくさんはいった」とするか、いや、これでも誤解を
生むとしたら、はっきりと「クロムとニッケルが18%、 8%はいった」とするかです。板倉さ
んの〈いたずらはかせのかがくのほん〉『ふしぎな石ーじしゃく』では、「クロームの たくさ
ん はいった ステンレスの なかには…」と表現されていますが、ご検討ください。
 
◆絵カードについて
 特に第2部のお話の部分は文章が続きます。高学年までの用途を視野に入れて
の記述ですので、小学校1年生ぐらいであれば少し難しいと感じられるかもしれま
せん。入学初期など,子どもたちの様子によっては絵カードを併用するのも一つの
方法でしょう。
 ただ、授業書には子どもが〈言葉からさまざまことをイメージする〉という効果があ
ります。難解な言葉も、担任がゆっくりと補足しながら読んであげるとあんがい子ど
もなりにイメージを広げるかもしれません。板倉聖宣先生の言葉にあるように「子ど
もは予想以上に哲学者」なのです。いろいろ試してみて下さい。      
                                          (2003,10,20)

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